第五話 いそぎんちゃく

18.流転


 ジャパンが(話の流れからして、この若者が『ジャパン』なのだろう)口を閉ざした。 合わせたかのように

金色のロウソクの炎が揺れる。

 「へへ……へへへ」 

 へらへら笑うジャパンに、滝は苛立ちを覚えたが、それを押し殺し、さめた口調で矛盾を突いた。

 「そいつは大冒険だったな、作り話としても」

 「へっ?」

 「お前さんは途中で仲間とはぐれ、そのボードに乗って帰ってきたんだろう? 仲間がどうなったか、判るわけが

無いだろうよ」

 「ああ……へへっ……続きがあったのさ」

 ジャパンは何が嬉しいのか、崩れた笑みを絶やさぬまま話に戻る。

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 「だ、誰か……いねぇのかよぉ」

 『いそぎんちゃく』という脅威は去った。 一瞬安堵したジャパンだったが、自分がサーボード一枚を命綱に

漂流している事実に気がいた。

 「……おい……おおーい!」

 チャン……

 「?……いるのか!? だれかぁいるのかぁ!!……」 

 オニィチャン……

 「!?……」

 ジャパンは気がついた、ウェットスーツが肌蹴ていることに、背中が重いことに、そして……背中に感じる温もりに。

 「背に……へばりついてる!」

 ジャパン体を捻って背中の重みを振り払おうとした。 しかし、一瞬早くうなじに柔らかいモノが押し当てられる感触。

 「うっ……」

 首から下の力が抜け、ジャパンはサーフボードに倒れ伏した。

 

 オニイチャン……オニイチャン……

 うなじを柔らかい唇這いずり、可愛らしい鳴き声がしている。 背中に感じる重みと温もりが、子供ぐらいの

何かがそこにいることを示していた。

 「い、『いそぎんちゃく』のちっちぇ奴? さっき海に落ちた時にくっついたのか…… うっ」

 チュウ……チュウ……

 首を這う唇の動き、きめの細かい幼い肌、育つ前の胸、そして禁断の門……全てがジャパンの背にあった。 

 オニイチャン……キモチイイ?……オニイチャン……キモチイイ?……

 幼い悪魔の誘惑が、ジャパンを戦慄させた。

 「お、俺を喰う気か!? よ、よせ……ぐっ」

 ズクリ……

 重々しい衝撃が背筋を走り言葉を途切れさせる。 『幼いそぎんちゃく』の愛撫は、ジャパンの首から下を快楽を生む

道具に変えようとしていた。

 ズクッ……ズクッ……ズクッ……

 「あっ……あっ……あっ……」

 湿った布を叩きつけるような快感の打撃に、体が硬直し思考が奪われる。 我慢を知らない脆い魂は、

『幼いそぎんちゃく』の魔性の快楽にあっさり降伏する。

 「あうっ!」

 オットセイのような鳴き声を上げ、ジャパンは逝った。 その直後、今度は脱力感に襲われ、彼はボードに体を

預けそのまま波間に揺られる。

 ハミ……

 甘えるように、『幼いそぎんちゃく』がジャパンの耳たぶを咥えた。 続いて、せり出してきた幼い舌が耳の中を這いずる

感触がある。

 (……入ってくる)

 なんと『幼いそぎんちゃく』の舌が、ジャパン耳の穴から、奥へ奥へと入ってくる。 しかし『幼いそぎんちゃく』の愛撫で

燃え尽きたジャパンは、夢でも見ているかのように、ぼんやりと其れを受け入れた。

 ベ……ロリ

 『幼いそぎんちゃく』が何かを舐めた。 瞬間ジャパンの体が震え、そして二人は動かなくなった。


 『お兄ちゃん……好き……』

 ”ああ……” 

 『お兄ちゃんは、もうあたしから、離れられない。 あたしの最初の男になるの……』

 ”最初の……” 

 『そう最初に……喰べてあげる……だから、連れて行って。 いっぱい人がいるところに……そうしたら、

喰・べ・て・あ・げ・る……』

 『幼いそぎんちゃく』の囁きは、ジャパンにとって無上の喜びだった。

 ”約束だよ……” 

 ジャパンはウエットスーツを注意深く羽織って、背中の『幼いそぎんちゃく』を隠し、腹ばいになってサーフボードを

漕ぎ始めた。 人がいっぱいいるところに向けて。

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 「へへ……や・く・そ・く……」

 狂った笑みを浮かべるジャパン、その背後からウネウネと蠢く金色の髪の毛が伸び、彼の首筋に、胸元に、幾重にも

絡みついた。

 「かっ……」

 言葉を失う滝達の目の前で、ジャパンの全身が金色の髪の毛の中に消えていく。

 蠢く金髪がロウソクを倒し、炎が消えた。

<第五話 いそぎんちゃく 終>

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